2008年08月28日

ある日


ケース家さんに全てをゆだねるwin98ノート






ある日









いや・・・それは・・・face07







表題の写真の通り、ケース家さんにご多忙中にもかかわらず、私のPCのメモリー増設と2000へのバージョンアップをお願いしました。



初対面にもかかわらず、気軽に物を頼むという事は、ハニカミの私にはできない事なのですが・・


そのあたりもケース家さんのお人柄でしょう。

よその家に上がりこんで一番たくさん飯を食うのは誰だ!と言う意見もface09


私のノートを起動させながらあれこれ話込んでいました。





と、その時じゃった!



体験学習に来んかな~~~~


二階から叫ぶのは




ぞうろくさんだ




そんな・・初めての店に、いきなり上がりこむなんて、無遠慮な事は・・・





やっちゃう 俺だぞ!face03




実は「黒田のぼり店」さんに伺うのは初めてですが


今を去ること35年ほど前、


1年ほど新聞配達をしてた中学時代にこのあたりは配達エリアだったので、黒田さんには最低でも300日以上毎日配達して
少なくとも12~3回は集金にもお邪魔しました。

その時使ってたミシンは今も健在だそうです。


この日初めてお会いした黒田さんに移転前にあったお店は、戦前に建て直したものだと聞いて納得がいきました。



昭和6年の地図  下サムネイル 付け替え前の須賀川が見える


□に囲んでいる部分に「黒田のぼり店」の位置が書いてあります。

この場所が、初代の店の位置らしい。

ちなみにが今回移転前のお店



花上の時の写真に偶然、移転前の店の壁だけ写ってる





下の赤丸、青丸は現在の徳田理容所、黒田のぼり店の位置かな?と思う場所。



ちなみに右下の1の青丸は、40年頃に移転する前のケース家さんのお店です。





二階の作業場の様子





ガスバーナーで乾かしてる  すごく熱い!





その上、ストーブを炊く事も!







水でさらす






我が物顔に、水まで飲んでふんぞり返るまーきみ。




黒田さんとぞうろくさんから、私の知らない「センター給食」前の給食の珍しい話を聞きました。

宇和島のセンター給食は私が入学した41年5月に発足。

そのための工事で、宇和島幼稚園の時代、園舎から立ち退きさせられたなどなど。

まさに私は「センター給食の申し子」と言っていいでしょう(意味不明)

ちなみに黒田さんたちは、給食のために使ってたアルミの食器(私物)を、学校当局に「接収」されたらしいです。

それを私たちが使ったのか?

「裏にマジックで名前が書いてたはずじゃ」とおっしゃいました。


10時過ぎに来たはずが、快いもてなしを受け、気が付いたら時計が・・・








だ!




もういいわい・・・face07




下の商品展示スペース。 まるで美術館だ。





懐かしいサンパチツートラ! 当時はすごく高価だった。普通のラジカセの10倍はしたな。





徳田理容所にお客さんの車が来てた。



PCを預けて、徳田さんにお礼を言って帰る。


また、後日お邪魔する予定。















  

Posted by まーきみ。 at 14:50Comments(7)TrackBack(0)エッセイ

2008年08月28日

殉難の地


西予市野村町大西(旧貝吹村)




付近を流れる宇和川は、上流で野村ダムを形成して、この先の坂石で北に向きを変えて肱川となる。


この風光明媚な山村で、わずか20分の間に、バスが丸焼けになり多くの死傷者を出すと言う大惨事が起こりました。

時は昭和26年11月3日午前8時25分頃の事。



国榮自動車火災事故による遭難死亡者の慰霊碑



私は10年以上前。会社の慰安会のぶどう狩りから小藪温泉に行く途中だったか、バスでこの道路を通った時にガイドさんからその話を聞きました。
今回は、その事を思い出して探しに行ったのです。


その日はこの付近の村々のお祭りで、主に野村方面から貝吹村栗ノ木、横林村方面に行く晴れ着を着た女性や子供が多かったと言います。
定員の約1,5倍の62人が乗車していました。

出荷の原因は、高川村(現・西予市城川町)の祭りで上映するフィルム19巻を持って乗車した映写技師と助手が運転席右側においていた裸のバッテリーの上にフィルムを置いたため引火し満員の車内に燃え移ったのです。

現在のバスと違って当時は木材など燃えやすい資材を使っていたため、瞬時に燃え広がったものと思われます。

地元消防団や警察、保健所の職員はもとより、地元住民がバケツや鍬を持って集まり、窓を割って消火や救出に勤めましたが、死者33人、重症8、軽傷者8人を出す大惨事になりました。



大西農協前バス停 貝吹ふるさと資料館 暑さのため7,8月は休み




宇和島に比べると充分涼しいと思うのだが・・face08
山の中だから、休むのなら寒い冬じゃないのか?









慰霊碑の横に、死亡者全員の住所氏名年齢が書かれていますが、10歳以下の子供が14人、うち1~2歳の赤ちゃんが6人も含まれています。多くは親子兄弟共に亡くなっているのが名前から察することができます。
小さい子供たちは、わが身に何が起こったのかもわからないまま短い生涯を無念にも終えてしまったのでした。


死亡者の中に唯一香川県の人がいましたが、彼はこのバスの車掌さんでした。23歳の若さでした。
ちなみに、成人男性の死亡は彼を含めて3名でした。


この惨事のニュースは当然のことながら全国を駆け巡り。開催中の国会での運輸委員会でも国鉄総裁の報告がありました。


事故の原因は

①危険物の持ち込み

②定員超過

③乗降口が一箇所で内開きであった。

さらに国鉄総裁の答弁に
「もとより終戦以来の国民生活の状態なり、あるいは国鉄に従事いたします職員その他の人々の生活上、勤務上、そういう点において十分でない点があろうことは想像いたすのであります」
とあるように、物心両面共に戦後の疲弊した社会状況と言うものも大きな原因であったかもしれません。

同じ年の4月の神奈川県の桜木町駅の車両でも火災があり多くの犠牲者が出たりとこの年は国鉄にとっても事故の多い年でもありました。
この事件を契機にその後国鉄、民営バスでは、これらの対策が早急に行われることになりました。現在のバスに必ず設置されている非常扉が付く様になったのは、実にこの事故の後からでした。


殉難者の合同慰霊祭は、14日に野村小学校で行われました。運転手と映写技師、助手はそれぞれ起訴、書類送検されたという事です。




野村小学校








慰霊碑の後方に設置されているベンチ 有志の方の寄付
下には掃除用具が置かれていて、きれいに掃き清められていた。





合掌
  

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2008年08月27日

行く日、食べる日

今日は、出張日だったのだが少し時間が延びたので、お昼ご飯をご馳走になった。

何度も言うが、、、

散々ご遠慮、ご辞退、干大根、したのだが・・


しかし、




これで一人分?






ここで今日のビックリドッキリメカ、、、じゃなかった献立について説明しよう。




1 ヤズ(はまちの子)の刺身 脂が少なくてさっぱりした味わい。初秋には最適だ。

2 上記のアラを出汁にした煮物。 味わいのある風味だ。

3 焼き茄子に生節を載せたもの  炭火で焼いたと思われる香ばしい焼き茄子とソウミカツオの生節のベストマッチ

4 言わずと知れたご飯 メニューに合わせてややミディアムな焚き具合がうれしい。 産地不明

5 小鰺の南蛮就け やや辛目の味付けは労働意欲をアップ!


こんなご馳走を目の前に出されて、キミたちは我慢できるか!



そうだろう!オレは悪くない!





ちゃんと仕事もした! と言う言い訳の一枚。。。



  

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2008年08月27日

ドラマのように 小藪温泉への旅 3


再び、玄関に立つ






玄関奥に、田原俊彦と大竹しのぶの写真が掛けられている。










松本清張原作 「張り込み」 1991年


大竹しのぶの「雄弁な無表情」(本文より)とも言える名演技が今も印象に強く残っている。

おとなしい「主婦」が、シリアスな「女」に豹変する様は薄ら寒くなるほどの衝撃を感じた。

トシちゃんの若々しくも渋い演技もきらりと光る。寺田農はさすがにベテラン、難しい役柄をこなしていた。



「張り込み」のロケがあった少し後に、会社の慰安会でこの温泉に寄った事があった。






建物の周りを散策




廻り廊下が見える なんと、国指定有形文化財に指定されている。 大正年間の建築





樹齢何年だろう?




小藪コウトコ橋


銀杏子って聞いた事があるな





小藪川の渓谷 紅葉がきれいやろうね。  秋になったらまた行こうよう。













玄関の右手に受付が 500円払って入湯す






一般休憩室





2階の廻り廊下は、ここでしか見た事がない。





浴場は階下、知らないと迷いそう。





この囲炉裏も、いーろ?face06




立派なひょうたんだ 清兵衛作? 





湯が見えてきた。




ここでしばしのお別れですね。 な~んちゃって一人で来たんですけどね。face03





誰も居なかったので浴室を撮影 なんて風情のある。





最初は少し熱かったが、まーきみ。は江戸っ子なので平気でしたよ。face09






定期的にお湯が出る?




入浴シーン 恥ずかしいので小さく (クリックしても大きくなりません)






湯上りにしばし休憩 オリンピックも忘れて・・・





山の季節は、すっかり秋めいてきましたね。





たった一人の記念撮影 もののあはれを感じる。

非ッ常にサビシ~ッ!!(財津一郎風)


久々に「温泉らしい温泉」に入った感じだ。

近頃の健康ランド風温泉に浸り気味だったが、これからは昔ながらの温泉をめぐってみたい。





肱川中学校







  

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2008年08月26日

海を越えて

本日の施術から

今日のご婦人は、うちのご常連の方のご親戚です。

なんと、遥々九州からface08







  
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2008年08月26日

竜王の淵 小藪温泉への旅 2

小藪温泉が休みだった数日後、再び訪れました。



小藪温泉の入り口(鹿野川ダム下流)



この鳥居をくぐってさらに行くと、2キロほどで温泉に到着する。



  
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2008年08月25日

宇和島駅 夢の途中

宇和島は、ごく最近まで、日本国の街道のゆきつく果てといわれていた。
いまでも国鉄のレールは宇和島駅で終わっている。昭和30年代にはじめて宇和島へ行ったとき、駅の構内のむこうで線路が果てているのを見て、つよい感動を持った。日本中の鉄道がなんらかの形で循環しているものだとおもっていただけに、宇和島という町は、鉄道文明の上からみても際涯であることを感じたのである。

『街道をゆく-南伊予・西土佐の道』



夕べ、セミナーから帰るキミコを迎えに宇和島駅まで。




  
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Posted by まーきみ。 at 16:13Comments(12)TrackBack(0)エッセイ

2008年08月25日

小藪温泉への旅 1

  
野村ダムの手前、出会い大橋辺の看板。


ここを越えると、気分はおすもうさんface08



  
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2008年08月24日

やまじこえて 2

法華津峠の石碑に・・・


この手は・・・・ななんだ!



もしかして・・


ヨーカイ手長足長?



手長足長 (水木しげるロード)







正解は・・少女とキミコが・・・face07




キミコのブログでもありましたが




こんな坂や








あんな坂や







どんな坂や・・・







こんな酒屋・・・・face03






怖がるどころか、はしゃぎまわる・・・




撮りまくる・・・・



非常識な人たち






それを見て怖がる常識人face07





ま、ホンキを出したらこんなもんだけどね!face09




ひえぇぇぇ~辛抱たまらん・・・・face08







古い歴史を感じさせる看板







帰りにサルノコシカケが生えてる老木があった。






メスだけど、クワガタムシがおった!face08





しかし、私が小学校の頃まで、この峠をバスが通っていたなんて驚きだ。



豊臣秀吉が天下を取る前は法華津氏の居城が玉津地区にあって、その石垣は今もみかん畑の中に存在すると言う。  
タグ :法華津峠

Posted by まーきみ。 at 09:03Comments(18)TrackBack(0)吉田町

2008年08月23日

懐かしい彼

数年来のお客様が来られました。


この方の義妹さんが我々夫婦の友人なのでその紹介でした。





お顔を隠してるわけではありませんw 肩が痛いと





まずは伏臥位に






一時間後、すっきりとされました。


数年前、腰痛で来られたとき、このマットを触って

「これ、ええなぁ~貸してくれん?」




持って帰られて数日後

「これ、やっぱええわい。売ってや」

「全部で12~3万するけんど」

「かんまん、健康には替えられんけん」




その1年後、





今度は奥様が購入されました。




それまで勤めておられたご主人の会社が閉鎖して求職中
お子さんは学校へ行く年頃




「お金がいる時期やろがな」と言うと


「ほんやけん、私が寝込むわけにいかんけんなぁ」



だんなさんのマットに寝たら体調がよくなるので、購入を決めたと言う事です。





マット、枕、シーツ (これと同じものです)


今日、「あのマットどがいぞな?」

「ええで、やっぱ買って正解やったわ」


先日も松山の40代の方が即決で買ってくださいました。

やはり10万以上する値段がネックでしたが

「一ヶ月でも定年が延びたら元が取れますよ」

と申し上げたら、よく日にご購入。






そんなに売れるわけではありません。

ここ8年で15個ほどでしょうか?

ただ、購入される方の特徴は

「こちらが何も説明しないのに、自分で興味を持つ」と言う事です。

逆に「これいいですよ、買いませんか?」と言って買われた方は一人もおられません。


悪党商法の代表みたいに言われる「健康布団」ですが


所謂「押し売り」は唯の一つもありません。


この仕事を始めた時に、


「そんなもの売るんやったら家を出る!」

と言った昔気質の親父の言葉も今は昔になりました。


なにせ親父も愛好者の一人なのですから。

  

Posted by まーきみ。 at 23:52Comments(4)TrackBack(0)整体

2008年08月23日

やまぢこえて 1



足摺宇和海国立公園 法華津峠に登りました。

かつては吉田町の学校の遠足の定番だったとか。



宇和島側からは死角になって見えにくいが、トンネルの手前に、法華津峠に行く看板が建っている。



















途中の尾根(第2白浦トンネルの抜けている山)から 南側に見える第一白浦トンネルと 汽車







北側の第3白浦トンネル かすかに汽車が見える(かな?)





拡大図






さすがに「みかんの町吉田」どの畑も見事に整備されている。 しかしこの目もくらむような急峻の斜面に畑を切り開くとは!






法華津湾を望む給水施設の建物の後ろに鎮座する千手観音か
たしか43番札所明石寺のご本尊







あれに見えるは玉津小学校  吉田町の小学校は吉田小学校に全て統合されるように計画されている。




それにしてもこの坂! 上から見ると改めて急峻さが判る。face08



この店、よく見る店だ






途中、森高山に向かう遊歩道を示す標識




しかし、道は草が生えて見えない。「バイクはご遠慮ください。」の文字が




展望台公園に着いたようだ。車を停める





展望台にあがってみると





おぉ絶景! あの小島は大良の鼻の島だな。




嘉島、戸島、日振島、遠く九州の山並みも!





現在の国道56号線は、法華津隧道を初めとする10本のトンネルを抜けるメインルートがありますが、これが完成する昭和45年以前は、この法華津峠がメインルートでした。
工事の完成により自動車の走行は、距離にして11キロが5,7キロに、時間にして40分が10分に短縮されました。

ちなみに、これを含めた45年の国道56号線の改良工事により、松山ー宇和島のバスの走行時間は5時間から2時間半に短縮されました。自動車道路完成で、さらにその半分以下に短縮されようとしています。


明治の初め、吉田町白浦の旧庄屋、赤松則忠という人が吉田町と宇和町に道路を付けようと計画しました。
彼のプランは当時、世人から「狂気の沙汰」と言われましたが、100年後完成した国道56号線のルートは彼が測量したルートとほぼ一致したそうです。
(資料 愛媛県百科大事典)


  

Posted by まーきみ。 at 08:16Comments(13)TrackBack(0)名所旧跡

2008年08月22日

おおくにぬしの みこととて

久々に思い出した事など



蒲の穂 なんれくプールの近所で見た。


湿地帯に群生すると言う蒲の穂だが、昔は家の近所の野原にあった。



これを取って帰ると生け花の添え物として喜ばれた。


そして、母親が因幡の白兎の話をしてくれた。


だいこくさま

   おおきなふくろを かたにかけ だいこくさまが きかかると
   ここにいなばの しろうさぎ かわをむかれて あかはだか

   だいこくさまは あわれがり きれいなみずに みをあらい
   がまのほわたに くるまれと よくよくおしえて やりました

   だいこくさまの いうとおり きれいなみずに みをあらい
   がまのほわたに くるまれば うさぎはもとの しろうさぎ

   だいこくさまは だれだろう おおくにぬしの みこととて
   くにをひらきて よのひとを たすけなされた かみさまよ

だいこくさまは、「大国様」と書く。長い間七福神の「大黒様」と混同していた。



母親は生け花が好きだった。


私が3歳の頃、地元の婦人会で講師を呼んで生け花のセミナーが戎山で開催された。


楽しみにしていた母親は、秘蔵の白い花器を洗って、玄関先のたたきの上で干していた。


つい先日、父親がコンクリートを練って敷設したたたきの上に・・・・


まーきみ。は既に三歳、して良い事と悪い事の区別は漸くつく頃だった。


また「陶器は固いものの上に落としたら割れる」ということも・・・・・


その花器は、浅く丸くて、子供が両手で持ち上げるのに丁度の大きさだった。

色は白 そう、ポコペンさんの展示会の様子を今日テレビで見たが、あの展示会に出てきた陶器の白が丁度あんな色だったのを思い出す。


母親が目を話した隙にちょっと両手で持ち上げてみた。


そして、そ~~~と置いた(つもりだった)


なのに、なぜかガチャン!と音を立てて割れてしまった。


母親が烈火の如く怒ったのは言うまでもない。


唯一の花器を失った母親は仕方なく、竹の籠、それも魚かなんか入れるきわめて実用的なものを代わりに持って参加した。


他のおばちゃんたちが立派な花器を持ってきてる中で淡々と荒い竹籠の中に花を生けていく様子を昨日の事のように思い出す事ができる。









  

Posted by まーきみ。 at 21:44Comments(3)TrackBack(0)思い出話

2008年08月22日

吉田町の唐獅子



いきなりですが、ここでクイズですface06

今日
「吉田町」

とタイピングしたつもりが見てみると

「良いダチョウ」になってた・・

なぜだか判りますか?


ツカミはOKface03















さて、本題です。


吉田町の沖村地区の山間にある東蓮寺ダム湖に行ってきた。




上の公園に、変わった狛犬がおる・・と思ったら・・・









桜公園  ここの狛犬なんか変?











吉田町と古くから親交のあった中国象山県から贈られたものらしい。







すると、これは唐獅子か?face08向かって左側 



健さんの背中で泣いてるやつだな。





向かって右側 微妙に違う しかもどちらも口の中に玉が!face08






中の玉は取れなかった。(よい子は真似をしないように・・face07


しかし・・・・


どうやって入れたのだろう?


それを考えたら眠れなくなる。face10



怖い顔ながらもユニーク  牛鬼に通じるものが




この山間に、こんな大きなダム湖がface08


灌漑用水なので農林水産省の管理らしい。




花壇もある





車で一周出来る道路も





まさに山の間  人造湖なのに、自然な風景



まーきみ。が選ぶ「吉田町ダム湖百選」に選定したいが:・・・


それはあと、99湖出来てからだなface06




さすがに吉田町はみかんの町だ




東蓮寺ダム

立間川水系高畑ダム(二級河川)を利用して平成5年度着工、9年竣工


吉田町と象山県


20年近い昔、吉田町で「田んぼりんぴっく」と言うイヴェントで、初めて中国象山県から吉田町に研修生が来てるのを知りました。(研修生の人たちが餅まきをしていた)
その後、中国とわが国は交流が密になるほど、種々の問題も表面化してきました。
両国人民が相互理解と友好を深めるためにも、このような交流は重要であると愚考致します。
これからも、実りある交流を続ける事ができればいいなと思います。














  

Posted by まーきみ。 at 09:03Comments(13)TrackBack(0)吉田町

2008年08月22日

秋 風の吹く場所

暑い夏だった。







夏ばてで体力が消耗してしまった。







まぁ記録的な猛暑だから、











もう、しょ うがない






ですね。icon04







秋風の吹く海 旧内海村 灘地区から由良半島を臨む




少し行くと






大浜の「内海ふれあい広場」






メニューいろいろ





私のお薦めは




あの六角堂






あまり知られてないが、ここから見る夕日は最高なのだ。


夜、ここから月を見たことも。





夏でも心地よい風が吹き抜ける。  少し笹が伸びてるのが残念だ


ここに寝転んで、ウトウトと寝てしまったことも。


癒しのバイブレーションに包まれて


初めてキミコとここに来た時、海を見ながら心が穏やかになって体が緩んでくるのを感じた。


「これだけリラックスできるって事は、普段よほどストレス感じてるんやね~」と苦笑しながら話したのを思い出す。

もう、10年以上も前のことだ。


その後、ここを通るたびに休憩してたが、最近はご無沙汰だ。


これから、時々立ち寄ってみよう。


お遍路さんも良く休んでいるのを見かける。







雨の後は、背面の山からせせらぎが聞こえることも。











トンネルを抜け、柏を過ぎて、御荘町の手前






御荘近くの展望台 内海展望所




ここからの眺めも良い 除草作業中 おかげさまで見晴らしが良くなった。face05









  

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2008年08月21日

どんぐりと山の子

北京オリンピック 女子ソフトボール


昨日米国に敗れた日本


同日行われた三位決定戦(負ければ三位)で豪州に競り勝った。


今日は悲願の金メダルをかけて


なんと!これでトータル三度、米と対決!


まさに・・・









三度米の正直!  キターーーヽ(`Д´)ノ








と、行きたいですね!face05



スベリ過ぎ込みセーフ~~( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ




さて、気を引き締めて本題です!face09







どんぐりのマグネット作りをする子供たち。




安森洞のそうめんながしから降りていると、古民家風の建物があります。





宿泊もできるらしい。 五右衛門風呂完備・・・face08




前の畑には、鳥を飼っている。

雉のようだ。


よく見ると


『鬼退治に最適 好評レンタル中 キビ団子代別途』の看板



があるわけないface07


しかし



冷蔵庫の消火ホース入れは本当にあった。(しかも複数)




山を降りて、宇和のどんぶり館に向かった。(歯長峠経由)




歯長トンネル(三間側)と法華津峠に行く旧道





トンネル(宇和側)のお遍路休憩所







旧道(左)と坂を下りる遍路道







下川(ひとうがわ)老人会の設置した道標  


ずっと下って



その道を降りるとここへ出るのだろう。




少し中に入るとひんやりしている。




廃校になった下宇和中学校の記念碑

昭和22年設立  同40年宇和中学校に統合  卒業生1495名





県道をどんぶり館に向かう




どんぐり工房へ




早速子供たちが






どんぐり社長が親切に熱心に教えてくれる。






それぞれの作品を楽しそうに作り上げる。 作っても買っても値段は一緒






他の人もたくさん集まってくる。




できあがりです。









  

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2008年08月20日

体力の限界!

名横綱千代の富士の引退の弁は




体力の限界!



だった・・・






再セットアップです。




以前ならサクサクできたのですが・・



これなんだっけ?どうすりゃいいの?


最後にセットアップしてからもう4年ほどたった・・・





全ては忘却の彼方に・・face07




しかし、これをセットアップしないとネットに繋がらない・・・face10




やっと繋がった・・奇跡じゃ!




しかし、





これをごらんと指差す方に~~♪








ウインドウズ98(1エジション)64MBのRAM

IEを4,0から6,0にアップしたせいか・・・

すぐに固まってしまいます。face07


もう、寿命かなぁ





  
タグ :Win98

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2008年08月20日

安森洞 2 川と釣堀


安森洞の川で水遊びに興じる子供たち



外の釣堀で、釣りに興じる子供たち。

買い取り価格100g 140円face08


「今日は家族6人やから、6匹まで!」face06

「でも、お客さんが2~3人来るかも?」 face03

「やかましいわい!」face07






何処の家族も「漁獲高調整実施中」face09

奥の休憩所には



鍾乳石や



ゴールデンバットが!face08






ローカル番組の取材や







この写真は知人に似てる?





池ではまだ、釣りが続いている












〆て1400円也   図られた・・・・face07




流しと包丁を借りて、捌いて帰る人も。











焼き上がり  中々美味であった。 満足 満足♪
  
タグ :安森洞釣堀

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2008年08月19日

宇和島駅の遺跡 宇和島機関区


C12 175 宇和島所属 1969.03.16. 予讃本線 宇和島機関区






さて先日申し上げたように「鉄道物語」によれば、宇和島駅にも今は使われていないSL時代の遺跡があるそうです。




宇和島機関区(宇和島運転区) 向こうに見える構造物は転車台 建物は扇形機関庫(ラウンドハウス)の名残

なんと!


四国地方に現存する扇形機関庫としては唯一



のものらしい!




再度アップ 上から見ると、こんな形





転車台


この上に乗せた車両を回転させて向きを変えたりするんやね。

セイコウさんが子供の頃乗った予土線の記憶で

「行きしは、蒸気機関車は、前を向いて客車を引いてましたが、帰りは、蒸気機関車は、バックで客車を引いていたのが、印象的でした。」

と貴重な情報を寄せてくれました。

当時の終点江川崎ではその設備がなかったのだろうと納得した。





余談続く

そんなことを書きながら思い出したのは、小学校2年の時、ここに見学に来てSLの釜の中に石炭を投入させてもらったり、前述の転車台で機関車が回転するのを見たりした。
すっかり忘れていたことを思い出した。

学芸会のとき、他に見学に行った「宇和島造船」「宇和島郵便局」と共にこれらを題材にした劇をした。

鉄道の職員に扮した子らが、朝のラジオ体操をしている横に「うわじまきかんく」と言う看板を立て掛けてあったのをはっきりと思い出した。

駅員の朝はラジオ体操で始まる、と聞いたのをそのまま演出したのだろう。

余談終わり






トロッコ列車「清流しまんと号」が格納されている。(夏季は稼働中)

まだ、この施設は現役で使用されているのだろう。face08








この塔も、今日まで何かわからなかった。

これは蒸気機関車に水を補給してた給水塔らしい。


いずれも蒸気機関車が廃止された1970年頃から使用されてないようだ。




給水塔の横に「安全第一」のゲート ここが機関区の入り口か


手前に守衛室みたいな建物が?face08



出勤、退勤の管理や出入りする人のチェックをしてたのだろうか?



このような広大な土地を何時までも放置しているとは考えにくいので、いずれは全て形を変えてしまうだろう。


そんな私の想像とは無関係に、これまでの南予における鉄道の歴史を今も語りかけているようだ。





昭和16年6月 山口県の日立製作所から船で輸送された機関車 吉田町知永海岸に陸揚げされる。

路線が竣工したのが昭和14年だったが、戦況が悪化し車両を配するのに2年かかった。
その間、線路には草が生えトンネルは人馬の通路と化していた。
ようやく昭和16年7月2日に宇和島ー宇和間の部分運行が開始される。太平洋戦争突入の4ヶ月前であった。

未開通の八幡浜ー宇和間は、バスが運行していたが、鉄道利用客の3分の1の定員しかなく、連絡も悪かったため終日停留所の前には大勢の列をなし、不便この上なかったと言う。

終戦間近の20年6月に予讃本線がようやく開通をするのだが、そのために地域住民が血のにじむような努力をしたのは既に伸べた通りである。




宇和島機関区所属の蒸気機関車  機関車留置線へようこそ より頂きました





おまけ


地方局の隅に珍しいものがface08



地方局の建つ前は、ここは繭検定所だった。
93年の住宅地図にはまだ載ってるのでそんなに古い時代ではない。

これは残されるのだろうか、捨てられるのだろうか。

出来れば残して欲しいと思う。



  

Posted by まーきみ。 at 07:18Comments(6)TrackBack(0)名所旧跡

2008年08月18日

安森洞 1 鍾乳洞探検隊!


甥、姪を連れて、安森洞に行きました。
少女はひとり、かるた全国大会出場のため居ません。


好評の「ゆず酢」が無かった?どうしたんやろう?face10


この奥に、「安森洞」と言う鍾乳洞があります。 水の少ない時期なので足を濡らさず入ることが出来る。





釣堀 鱒が釣れマス。






安森洞入り口  この場所を最初に発見した人は驚いただろう。


まさに深山幽谷



鍾乳石が光る、入り口の床  ゆかなくては!face09




まーきみ。隊長が先頭  数字の2で〇〇な顔になる子供たち。




すれ違う人にヘルメットを貰った。  道は中ほどでございます。







この曲がり角を越えれば、終点です。 チャンチャンチャラチャララン♪(おーいヤマダく~ん)




長くつらい道のりであった。





美しく光り輝く 鍾乳石 





これだけの洞窟になるまで、どれくらいの時間が経ったのだろう。





まーきみ。隊長 無事帰還face09







  
タグ :安森洞

Posted by まーきみ。 at 09:18Comments(5)TrackBack(0)名所旧跡

2008年08月17日

椅子一つ


椅子一つ誰か来そうな位置に置く 百楠




三和さんに行ってきた。





座って




い~すか? face07


この椅子の由来について三和さんに聞くと

「お客様が靴を履いたり脱いだりする時にご利用いただいております」

そうな。


編み上げブーツなど、脱着に手間のかかる靴を履いてきた人なども大変重宝するだろう。


細々とお客様の立場になったサービス。恐れ入りました。大いに勉強になりました。




豆腐入りカレーと




五穀米の昼ごはん (あ!もう食ってる!)



話は自然、この店の常連で、宇和島本舗の有名人「のんびりおやじさん」(実在)の話に。


口の軽いまーきみ。は、「のんびりおやじさんの秘密1,2,3」を暴露!

のんびりおやじさん!こらえてや~言うたらいけんと言われた事、全部しゃべってしもたーーーface03


でも「あれと、これ」だけは言うてないけんねーーーー!face06




広くきれいな店内はどうなってんない?


心地良いサービスと絶品料理に感動して、中々店を出ない二人。



レジの前でついトトロトトロ




ごちそうさまでございました。
  
タグ :三和椅子

Posted by まーきみ。 at 20:58Comments(10)TrackBack(0)おいしいもの
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まーきみ。
まーきみ。
宇和島市で気功と整体の手技を調和させたセラピーをしています。
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