2008年12月01日

下灘の戎様


国道56号線、下灘、嵐の信号から数十メートル南に戎像の祠がある。


――姉さん、ビールもついでに持ってくるんだ。玉子とビールだ。分ったろうね」
「ビールはござりまっせん」
「ビールがない?――君ビールはないとさ。何だか日本の領地でないような気がする。情(なさけ)ない所だ」
「なければ、飲まなくっても、いいさ」と圭さんはまた泰然たる挨拶(あいさつ)をする。
「ビールはござりませんばってん、恵比寿(えびす)ならござります」
「ハハハハいよいよ妙になって来た。おい君ビールでない恵比寿があるって云うんだが、その恵比寿でも飲んで見るかね」
「うん、飲んでもいい。――その恵比寿はやっぱり罎(びん)に這入(はい)ってるんだろうね、姉さん」と圭さんはこの時ようやく下女に話しかけた。
「ねえ」と下女は肥後訛(ひごなま)りの返事をする。
「じゃ、ともかくもその栓(せん)を抜いてね。罎ごと、ここへ持っておいで」
「ねえ」
 下女は心得貌(こころえがお)に起って行く。

二百十日 夏目漱石


ビールの代名詞になるほど、恵比寿さまは有名なんやねぇ。


大阪ではえべっさんと親しみをこめて言う。


関東ではエビちゃんと、親しみをこめて(違)


今も、お供え物が絶えないようだ。


戎山と言う土地に住んでいるせいか、戎像を見ると、ついつい見入ってしまう。

宇和島初代藩主秀宗公の勧奨と伝えられる戎山の戎神社は、長い間祠が老朽化し、且つ人跡未踏の場所にあった。

近代になって作られた御神体は隣家の床の間に預けられていた。
何でも、戎像を彫った人が戦後都会に移転する事になり、やむなく隣家の今は無くなったおじいさんに預けられたらしい。

子供の頃、その家に遊びに行くと床の間にその戎像が安置されていて、穏やかでややスリムな御面体で釣竿を小脇に抱えた様を今も覚えている。

昭和50年代に地元有志の呼びかけで戎山の戎神社は再建された。毎年4月1日の例祭の折は御開帳もあるらしいので来年は拝顔してみたいと思っている。



この恵比寿様はいささか、厳ついお顔をしてなさる。






宇和島市津島町下灘 嵐







信号の袂にある自転車屋さんは、昔役場があった場所らしい。



「えびす」は、蛭子 戎 恵比寿とも書く。

『古事記』において国産みの際、イザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神。しかし、子作りの際に女神であるイザナミから声をかけた事が原因で不具の子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまう。次に生まれたアハシマとともに、二神の子の数には入れないと記されている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

民族伝承で、それらを『戎様』として祭ると言う日本人の心が好きだ。


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タグ :下灘戎様

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この記事へのコメント
師匠、師匠、まーきみ。師匠~

ここは下灘ですよ(;⌒▽⌒)σ
Posted by 9bo at 2008年12月01日 19:35
9boさん
(。-_-。)ポッ
Posted by まーきみ。まーきみ。 at 2008年12月01日 21:56
恵比寿さんも、いいけど、エビちゃんは、もっといい。
Posted by 八坂石鹸 at 2008年12月01日 22:39
八坂石鹸さん
笹持って来い!ですね(謎)
Posted by まーきみ。まーきみ。 at 2008年12月01日 23:10
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