2009年01月06日

正月の過ごし方 1


学校を卒業してからある時期まで、仲の良い数人の友人と大晦日の夜我が家に集まり

31日 「紅白を見る」

 1日 「初詣に行く」

     「仮眠して高知県に初日の出を見に行く」

     「帰って仮眠して松山に行く」「ドンチャン騒ぎしてサウナに泊る」

 2日 「大街道その他市内を回って帰る」

    「宇和島の夜の街に出かける」

 3日 「再び松山に・・・」

・・・・・などなどをエンドレスで過ごしているうちに睡眠不足のまま短い正月休みが終わる・・と言うパターンを結婚してもかなりの間恒例にしていました。

さすがに40代に入る頃までに、その頃の友人も別々の道を歩み始めて年々会うことも少なくなりました。

今は家族で松山辺りに遠出することは続いています。下の子が家を出る(であろう)数年後は、果たして。。。





県美術館に行くのに、駐車場を探して停める




後方に「くるりん」が見えます。




この場所から、東(左)に少し行けばもう少し安い駐車場があった!face07






えひめ共済会館が見える。

以前、各種イベントでよく行った場所だ。









野本記念病院



もう故人になってしまったが、この病院の前院長と言う人からタクシー運転手に間違えられた事がある。

「〇〇〇の野本まで頼む」と言われて、その閑静な住宅街の名前を今も覚えている。

品の良い、威厳のあるおじいさんで、まだ赤ちゃんだった少女の頭を慈しむ様に撫でてくれたのを思い出す。

奥様と連れ立ってタクシー(瀬戸内タクシー)で帰られるときに「今度遭ったら、ちゃんと家まで送ってあげらい」と約束したが、果たせぬまま数年後、愛媛新聞の「おくやみ欄」に先生の名前をみつけた。
知人の話では、大変優秀な外科医であったと言う。



余談だが
木下博民著「宇和島ふるさと交友録―私の昭和史」に木下と同級生で西海の川柳作家、川崎百楠の弟が公務の途、松山で急死すると言う話がある。
そして、その時運ばれた病院がここ野本記念病院だったと、西海から車で迎えに行った人からつい最近聞くことが出来た。







松山の朝は、人影も疎らだ









南堀端  みな「男鹿和雄展」に行く人たちか?









松山城の堀  宇和島ももかつてはこのような風景が?



子供が小さい頃、本町辺りのお堀に、白鳥にやるえさを入れた箱が、水面に紐につるされて浮かべてあった。
そこに、大きな亀がえさを食べようと箱の中に入ってきたので頃合を見計らって引き上げたら亀は手足を引っ込めて文字通り「亀になった」ので簡単に捕まえる事が出来た。

その話をしたが、子供たちはもう覚えていなかった。




市役所が見える  







御堀公園  色々な施設がある。



松山球場はなくなった。競輪場も


競輪場は陸上競技場でもあった。

中学の県大会のとき、道後の宿舎から走ってここまで来たことがあった。


かなりの距離があるのに、ほんの少し走っただけと言う記憶しかない。

それほど元気だったあの頃が懐かしい。face06




NHK松山  ファンだった鈴木奈穂子アナウンサーはもういないface10





県美術館についた







「男鹿和雄展」についてはキミコのブログに書いてあります。







坊っちゃんの気性 松山城が晴れ  百楠



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この記事へのコメント
年末は大変お世話になりましたヽ(^o^)丿
年末年始はおとなしくしていた浜ちゃんでした(^_^.)
本年もよろしくお願いいたしますm(__)m
Posted by 浜ちゃん at 2009年01月06日 14:42
浜ちゃん
今年もよろしくお願いします!
正月から火事出動で大変でしたよ
Posted by まーきみ。まーきみ。 at 2009年01月06日 15:09
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