2008年11月21日
酒蔵コンサート 津島の小西酒造

津島町の西村酒造酒蔵のコンサートに行ってきました。
ギターとバンドネオン

もく兵衛で見かけたポスター
何気に紹介したら、宇和島本舗ブログで知り合った、makさんが主催者のお1人らしく誘われたので行って来ました。
その日は、雨であった。
(シトシトピッチャン シトピッチャン)
商店街の駐車場に車を停めた。
そこは、彼の「小西酒造」の跡地らしい。
小西酒造は、「てんやわんや」の相生長者のモデルになった所だ。

文六餅の店も、この近所のはず。

会場に入ると、サービスの「ゆずの里ロイヤルお湯割り飲み放題」が

これを私が見逃すはずは無い・・・・


蔵
酒蔵らしく、古い土蔵をどうぞ。

大きな釜が
写してかまわない?

こんな大きな樽も、もう作れないだろう。
木もない、職人も無い。
日本の文化が無くなっているのに皆気付いて欲しいね。

この瓶にいっぱいの500円玉が欲しい。

おかげで雨の慕情になった

なんて書いてある?「西村舖」?

知らない機械がたくさんある。

周りの穴は?
一升瓶が丁度入る大きさのような?

これはおなじみの「ウンスケ」
空でもかなり重いぞ!

初めて持った人が重さに耐えかねて
「ウ~~ン たスケて~~」
と、悲鳴を上げたのが名前の由来だとか?
( ̄д ̄) エー
ほんとですらい!ヽ(`□´)ノ
注
「ほんとですらい」とは・・
愛媛県南予地方、特に宇和島市津島町で話の最後に「ほんとですらい!」と自信たっぷりに言う場合、『とっぽ話』である確率が高い。

(「とっぽ話」より)

コンサートは、この階段の上で開催される。
この酒蔵は、西村酒造より津島町に寄付されて、保存されているらしい。

つづく
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冬の花

山は雪

海は時化

一気に冬に突入したようなこの日、冬の花を植えました。

霙が降る中での作業は初めてです。
それにしても、この寒暖の落差はひどすぎる!
もっとゆっくり寒くなった方が・・・
楽さ!{{ (>_<) }}ブルブル
ますます寒くなったか・・・すまぬ


それでも、約1時間あまりで植え終わりました。
今年は寒かったけど、水を撒かなくて良かったのでその点は楽かな。

この冬も、寒さに負けずに綺麗な花を咲かせてくれる事でしょう。
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高知行き 2 沢田マンション
縁あって、沢田マンションと言うところに行ってきました。
どこにあるの?と聞いたら
知人である住人は「ネットで検索したらでちゅぅー」と言うので
半信半疑に検索したら幾らでも出てきてびっくり!

ツタヤの向こうの白い建物がそう

屋上の赤いクレーンが目印です。

入り口に、いきなり巨大な発動機が!

周りに色々な発動機が置いています。

かなり古そう。 古い機械のフル装備?

機械と柿のコラボ
こんな景色を「シュール」と言ったりしゅーる?

スロープも美しい曲線

植物が豊富なのがこのマンションの特徴か?

美しい造形美
裏山の墓地に「岡田以蔵」の墓があると聞いて行ってみました。

地元の史跡として案内板が出てる。
岡田以蔵の墓は、古い墓地の山上にありました。
土佐勤皇党でも、不遇だった彼の墓が一族と共に丁重に葬られていたのは意外でした。

屋上には畑 かつては水田も有ったらしい。
故沢田氏が、建築には素人であるにもかかわらず家族と共に建てたマンションは1971年より、10階を目指し増築中
現在は5階までで、未だ建築途上だという。
法律上はいわゆる「違法建築」で行政の軋轢が絶えなかったと言う。
その他、このマンションの歴史を語るには、個人のブログだけではとても足りない。

最近、他所から尋ねてくる人が多いので注意書きがあった。
私は住人を訪ねたのですが、もし見学をご希望の方はこの注意事項をお守りくださいね。
LIFT -沢田マンション交換日記
↑ マナーを守っていただける方は見学歓迎だそうですよ。
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どこにあるの?と聞いたら
知人である住人は「ネットで検索したらでちゅぅー」と言うので
半信半疑に検索したら幾らでも出てきてびっくり!

ツタヤの向こうの白い建物がそう

屋上の赤いクレーンが目印です。

入り口に、いきなり巨大な発動機が!

周りに色々な発動機が置いています。

かなり古そう。 古い機械のフル装備?

機械と柿のコラボ
こんな景色を「シュール」と言ったりしゅーる?

スロープも美しい曲線

植物が豊富なのがこのマンションの特徴か?

美しい造形美
裏山の墓地に「岡田以蔵」の墓があると聞いて行ってみました。

地元の史跡として案内板が出てる。
岡田以蔵の墓は、古い墓地の山上にありました。
土佐勤皇党でも、不遇だった彼の墓が一族と共に丁重に葬られていたのは意外でした。

屋上には畑 かつては水田も有ったらしい。
故沢田氏が、建築には素人であるにもかかわらず家族と共に建てたマンションは1971年より、10階を目指し増築中
現在は5階までで、未だ建築途上だという。
法律上はいわゆる「違法建築」で行政の軋轢が絶えなかったと言う。
その他、このマンションの歴史を語るには、個人のブログだけではとても足りない。

最近、他所から尋ねてくる人が多いので注意書きがあった。
私は住人を訪ねたのですが、もし見学をご希望の方はこの注意事項をお守りくださいね。
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高茂岬 波高し

新聞に、今年も高茂岬にノジギク満開のニュースを見ていって来ました。
この日は、夕方近くで仕事があったので少しの時間の滞在でした。

鼻面岬沖を2隻の貨物船が行く。
左は、柏島に通じる半島 その隣の小さい島は「蒲葵島」 右の大きな島が「沖ノ島」

沖ノ島の右手が鵜来島
白波が立っているのを見ればわかるように、この日は台風並みの強風が吹き荒れていて海に近づくのは危険でした。
古来より「風の吹く浦(福浦)、波の打ち止まり(内泊)」と言われるほど冬季の自然環境は厳しいものがあります。

何かイヴェントの出来そうな広場

法面に群生するノジギク

崖下にもノジギクが 強風に海水が舞い上がり近づけない!


可憐で華やかな花やから。強風にゆれる様は痛々しくもある。

半島のように見えるが、鹿島です。

左手 一番大きいのは横島

強風に急き立てられ、早々に帰りました。

ここから見る夕日は綺麗だ。
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吉田町 家中町と鷹匠町 2

かつては「御蔵前」と呼ばれた地域

吉田愛治園の前を通ると

こんな筋違いの交差点に出る。
この「わざと駆け抜けにくい」道路があるのが昔の昔の町割の特徴なのだろうか。
宇和島の社会保険病院東側にも同様な道筋がある。

この辺りの士族の屋敷や組長屋のあったあたりを、中の番所橋(吉田高校の東側、佐川印刷前の橋)北川の上組に対して「下組」と称していた。

村井幼稚園
大正12年に、旧村井保固邸に建設された。深い歴史を持つ幼稚園
園庭の一角には翁の胸像が建っている。

この橋の向こうが煙硝倉及び向山
合併前は御殿内と同じく立間尻村であった。

吉田病院南側の道路も曲がっているが、これは近年になって病院拡張のため止むを得ず付け替えたらしい。

御弓ノ丁を南へ臨む
かつて司馬遼太郎が吉田に来た時立ち寄った喫茶店はこの通りの奥(南側)黒門橋手前にある。
武家屋敷の面影を最近まで残していた通りだ。
現在、御弓ノ丁の名前を留めているのは、「上人寺橋」を渡った所にある踏切が「御弓第2踏切」とあるので、それが当時の地名をしのぶ唯一のものとして後世に残るであろうと思われる。

御弓ノ丁を北に突き当たったカーブを曲がると

吉田高校が遠くに見えてくる。
ここが駅から学校に向かう通学路だった。

西は御殿前方面に直通

この通りより北に東西九十間、南北十間の馬場が有った。
「桜馬場」「御厩屋」の地名はその名残である。

吉田高校の敷地全体を鷹匠町と言った。
御野方、御猟師の住宅があり、鷹狩り用の鷹が替われていた。

この辺りが「御厩屋」か?

本丁通の突き当たりに高校がある。

風情のある路地が山下女学校の正門へと続く

石垣にも歴史がありそう。

吉田のアイドル犬「ぼたん」
近頃見知らぬ人から「お父さん!」と呼ばれることがあるがメスである。
エサをあげた事の無いまーきみ。には、声を掛けられても尻尾を三回振ると知らん顔する。

でも、勝手にエサを上げるとたちどころに体調を崩すので、もし見かけてもエサをあげないでね。

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